ぼっち

アニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」を見ている。自意識過剰で引きこもりがちな僕は、どうしても主人公であるぼっちちゃんに自分を重ねてしまう。特に高校の夏休みには共感してしまった。友達がいた人には理解できないかもしれないが、とにかく虚無な1ヵ月なのだ。僕の場合、虚無過ぎて1ヵ月を1週間に感じ、学校に行くことがつらくなかったところは真逆だったが。とはいえ、僕は趣味もなければ、周りに友人がいるわけでもない完全下位互換だ。ぼっちちゃんの成長に感動をしている自分がいると同時に、夢中になれることがあり、少しずつ前に進んでいることを憎く思う自分がいる。流石に自分が嫌になる。

最近、ふと思いついたことが人生の指針となるようなことが起こる。ただそれは、私の格言としてここに書けるほど具体的ではないし、似たようなことを過去の偉人が何度も言っているようなことだ。特に、過去にどこかで聞いたことがあるような、当たり障りのない言葉をふと思い出して、心の大分奥深くに刺さることがある。最初の内は不思議だったが、おそらく僕が人生経験を積んできたからだと思う。思い出が積もるような経験はしていないが、自分なりに考えて(正解の択を取ってきたとは限らないが)生きてきたつもりだ。きっとこれを成長と呼ぶんだと思う。そうであってほしい。

臆病な自尊心

20歳の今、僕は本気を出せば何にでもなれる気がする。英語は微塵もしゃべれないけれど、将来は海外で働ける気がするし、バイトすらしたことないが億万長者になれる気がする。きっとこの感覚は年を重ねたり、社会に出たら打ち砕かれるか、自然に消えていくんだと思う。この感覚は多くの大学生や、この年齢の人なら持ち合わせているのかもしれない。それが健全な形であるならば、彼らの人生の起爆剤になるかもしれない。しかし、僕の場合はおそらくこの感覚を失いたくないがためにだらだら生きているような気がする。

こんなことを考えていると、現代文で読んだ山月記のことをふと思い出した。作中に搭乗した「臆病な自尊心」のことだ。高すぎるプライドを守るために失敗を過度に恐れてしまい何もできなくなる。高校生であった当時の僕には突き刺さりまくり、授業中に顔が熱くなったのを覚えている。どうやらこの時から僕は何も成長していないらしい。たった2、3年で人生が変わるかと言われたら変わらないことの方が多いだろう。今のところ僕を呼ぶ声は聞こえないが、一度水面で己の姿を見てみたほうがいいかもしれない。

理解のある彼女

前回の日記の最後に「最後に自分のことを肯定してくれるのは自分しかいない気がする」と書いたが、これは僕に彼女ができたことがないからだろうか。実際のところではわからないとしか言えないが、もしかしたら多くの人は無条件に肯定してくれる彼女に支えてもらいながら生きているのかもしれないと思うとイライラする。これは映画の中の話でしかないが、僕みたいな人間が多少共感できる主人公は大抵クズだ。だけど口だけは達者で、なぜか物語の中で出会った女の子に惚れられる。その後は大抵悲劇的なラストで終わるのだが、ラストなんてどうでもいい。どんな行為をしても寄り添ってくれる女性が出てきた時点で共感をすることができなくなるのだ。確かに僕は無条件で肯定してくれる彼女を求めているし、妄想している。それらの映画が私のような人間をターゲットに作られているのだとしたら、見事狙い通りなのだろう。羨ましい

アルコール

僕はお酒が嫌いだ。確かに多幸感を感じることはできるが、口に含んだ瞬間に毒でも飲んだかのように体が拒否する。味も香りも嫌いだが、もっと嫌いなのは頭が回らなくなることだ。普段考えすぎな性格の僕からすれば、リラックスできるし、寝つきは格段に良くなる。しかし、酔っている時の僕は、まるで自分自身でないかのような感覚に陥る。おそらく、自分自身を自分自身たらしめているのは思考だと感じているのだろう。見た目どころか顔まで自由自在に変えられるようになった現代では、自分自身を認識する最終手段が思考になっている気がする。そういえば、こんな感じの話を攻殻機動隊でみたかな。僕自身、大した頭を持っていないことは自覚しているし、考えすぎでネガティブな性格が嫌いではあるが、根っこの部分では自分のアイデンティティが好きなんだと思う。最後に自分のことを肯定してくれるのは自分しかいない気がする。

 

睡眠時間

私は毎日8時間寝ないと次の日に眠くなる人間だ。睡眠時間が足りないと頭が回らないだけでなく、日中は常に眠いし、目が開ききっていない気がする。この体に生まれた以上そうするしかないとはいえ、一般的な7時間睡眠をしている人に比べると私は週7時間も多く睡眠に費やしていることになる。この時間を使って勉強をすれば~のような意識の高いことを言うつもりはないが、やはりもったいなく感じる。その上私は寝つきが悪いので、寝る前の準備と寝着くまでに30分から1時間を要するのだ。毎日8時間半から9時間を睡眠時間にあてていることになる。時間を無駄にすることが嫌いではないとはいえ流石にやりきれない。

大学生活

長かった夏休みも終わり、大学生活が再開してしまった。2か月ほどあったはずだが、何もなかったためか体感2週間ほどだった気がする。久しぶりに教室を訪れてもブランクを感じないのは、多くを失った中で唯一得られたものかもしれない。

私の大学生活のほとんどは移動時間と授業時間に消えている気がする。移動時間は仕方ないにしても、単位上限までいっぱいに授業を取り、テストに向けて勉強をする。理系だから仕方ないのかもしれないが特に大学生になった実感というものもそこまでない。コロナ禍でサークルの勧誘が無かったり、友人が作りにくかったせいだと願いたいが、単に私が教室に一人でいる人間だからな気もする。いや、コロナ禍のせいだろう。